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臓器移植法改正後の課題と展望(2010/07/01) NPO日本移植者協議会 大久保通方
7月17日に、新たに臓器移植法が12年ぶりに改正され施行されます。今回の改正は、一部の文言の改正ではなく、臓器移植法の根幹に関わる改正でした。国会でも論点になりましたが、いままで脳死を臓器提供する時に限って人の死としていましたが、今回の改正で脳死は、人の死であることが法律として規定されました。ただし海外と同じように、医師が脳死判定をし、死亡宣告することは出来ません。脳死は人の死であるが、家族が臓器提供及び脳死判定に承諾した時のみ法的脳死判定を行い、死を宣告できる規定になっています。もう一つ大きな改正点は、臓器提供に際し、本人の書面による意思確認が必要でなくなり、本人の意思が不明の時でも、家族の承諾により臓器の提供が出来るようになったことです。これにより15歳未満での臓器提供が可能になりました。加えて、海外でも殆ど例がありませんが、一親等(親子間)と配偶者に限って優先提供先の指定が出来るようになりました。また提供意思表示の普及と言う意味から運転免許証と健康保険証(カード)に臓器提供の意思表示欄が設けられることになりました。以上が今回の臓器移植法の改正の概要です。
家族への優先提供
今回の改正で家族への優先提供が認められ、1月17日から施行されましたが、今年の5月22日に50代の男性から50代の妻に角膜が移植され、初めてのケースとなりました。
この実施に際して厚生労働省厚生科学審議会疾病対策部会臓器移植委員会でガイドライン作成のための議論が約3ヶ月にわたり行なわれました。まず親族の範囲は、兄弟も含めた2親等とする意見も出され検討されたが、国会における改正法提案議員の答弁を尊重し1親等と配偶者に限ることになりました。配偶者は、事実婚は認めず、婚姻届をしているものに限定すること、養子は、特別養子縁組み有効とすることになりました。こららは、臓器売買の入り込む余地を出来るだけ少なくするためです。
「親族優先提供が自殺を誘発する」のでは、との議論があり、優先提供を目的として自殺をしたものからの親族への優先提供は行わないことになりました。
カード等への記載については、「親族」を基本とするが、個人名も可とする。複数の候補者がいる場合は、親族全体への優先提供とみなし医学的に決定することになりました。
意思表示は、ネットワークのインターネットによる登録を主とし、意思表示カードに記入されたものも可とするが、カードの様式は、親族優先提供は、例外的なものであり、誰もが安易に表示出来るようにすべきでないとの考えに基づき、必ず説明書と一緒に配布することと特別に記載欄は設けないことになりました。インターネットからの登録の際も注意事項や前提条件を理解した上で登録するシステムになりました。親族優先の意思表示可能な年齢は、書面の有効性のから15歳以上です。
また提供を受ける者は、事前に日本臓器移植ネットワークにレシピエントとして登録していなければなりません。そのため、その家族しか親族優先提供は行われないので、かなり限定した制度です。なおこれにより親族優先提供と書かれた意思表示カードが提示された場合は、過去の婚姻まで含め対象家族の有無を調査することが求められるため、コーディネーターの作業がまた一つ増えたことになります。
今後も変らぬ意思表示の重要性/意思表示カードの全国民所持
改正法では、家族の承諾で提供できるため、本人の拒否の意思表示の確認が非常に重要となります。改正法では、健康保険証と運転免許証に臓器提供意思表示欄を設けることになりました。これにより3年くらいでほぼ7割、5年で9割以上の人が意思表示カードを持つことになると推測されます。これは諸外国にも例がなく、大しなる実験でもあります。しかしながら国民に臓器移植法の改正ですらあまり理解されておらず、インターネット登録は、全くといっていいほど知られていません。家族承諾で提供が可能であっても、提供意思表示はとても重要で、今後は、記入率の上昇と意思確認の確実性を上げる方策の検討が必要です。状況によっては、拒否を登録する新たなシステムが必要になるかも知れません。なお拒否の意思表示には自署の書面も必要がなく、年齢制限もありません。そのことを国民へ周知する必要もあります。
ドナーコーディネーターの養成と増員
脳死臓器提供では、諸外国の体制から推測すると多臓器提供数とほぼ同じ数のドナーコーディネーターが必要です。現在は、ネットワークに21名、専任の都道府県コーディネーターで脳死臓器提供に対応できるものも加えても約30名もいません。平成22年度にネットワークコーディネーターは32人体制になりますが、平成23年度からは、少なくとも60名体制にし、その後も臓器提供の増加に合わせ増員をしなければなりません。
またネットワークコーディネーターだけでは、対応することができません。都道府県コーディネーターの質の向上を図り24時間対応とし、加えて都道府県の境を越えてブロック内での活動を認め、互いの連携を図る必要があります。現在の都道府県コーディネーターは、都道府県の格差も大きく、多くは不安定で低報酬の待遇に置かれています。それらを改善し、より活発に活動を行うためには、近い将来、都道府県コーディネーターもネットワークが雇用し、一元的に運営する必要があります。そのためにも、ネットワークとして独自財源が必要です。今年の診療報酬改定では、見送られましたが、2年後には臓器斡旋経費を診療報酬として認められることが必要です。
脳死臓器提供の意思が家族の承諾でできることになるため、ドナー家族の心の負担が増加すると考えられます。従って、提供家族の意思を汲み取ることのできるドナーコーディネーターの資質を維持しながら、今後予想される臓器提供の増加に応じ、増員しなくてはなりません。
今後は、ネットワークコーディネーター、都道府県コーディネーター、院内コーディネーターを同じ理念に沿って一環して教育する恒久的な教育機関が必要です。
臓器提供者家族に対する体制整備
臓器移植において、ドナー、ドナー家族が讃えられ尊敬される社会の形成なくして臓器移植の発展はありません。
今後は、本人の意思が不明の場合や子どもの提供等により、ドナー家族の心の負担が増加すると考えられます。このドナー家族をケアー、フォローするための専任のコーディネーターを設置する必要があります。まず少なくともネットワークの各支部1名ずつ配置しなければなりません。そして臓器提供後の直近は、ネットワークのドナー家族担当の専任コーディネーターが担当するとし、1年後以降については、独立した別の団体を作り、常勤のスタッフによるネットワーク発足以前に提供した家族も含め長期にわたりドナー家族へのケアー、フォローと相談及びカウンセリング業務をする必要があります。この団体に、ドナー家族や移植者がボランティアとして協力できる体制が必要で、コーディネーターの教育機関もしくは、普及啓発の機関に併設することが望ましいでしょう。また国によるドナーの顕彰と慰霊祭を行い、広く国民に周知する必要もあります。
日本臓器移植ネットワーク
公益法人化と法改正の時期にネットワークの機構改革を行なう必要があります。ネットワークの役割分担を明確化し、各役員の職務と責任を明確にしなければなりません。また将来は、ブロック制に戻し、都道府県コーディネーター、院内コーディネーターとの連携を図り、効率的な運営を行なう必要です。
コーディネーターのところで述べましたが、ドナーコーディネーターの教育を行う独立した機関(ネットワークコーディネーター、都道府県コーディネーター、院内コーディネーターを一貫して教育)を設立し、そこで日本移植学会や日本救急医学会の協力を得てコーディネーターの資格認定を行うことも必要です。
一般普及啓発組織
ネットワークは、今後社会的により公明、公平さが求められます。そこでネットワークの広報は、データの公開と事例広報に限ることが望ましい。
新たに独立した一般への普及啓発組織を作る必要があります。そこに臓器移植に関する普及啓発活動を一本化し集約させます。そこでは様々な企画をたて、テレビ、ラジオ、新聞、雑誌に露出させる様にし、その他、公共交通機関や自治体広報など様々な媒体を使い広報する必要があります。勿論普及啓発のためのポスター、パンフレット、冊子の制作やグッズの開発と制作、それらの配布も行うようにします。加えて制作した資料を使い、教育機関や自治体組織等への講師の派遣も行います。特に小中高の学校での教育が重要です。そのために文部科学省を通じ、各都道府県の教育委員会に働きかけなければなりません。
また今回の法改正で、「国や地方自治体は、移植医療に関する啓発及び知識の普及に必要な施策を講ずるものとする」となり、前法律の「努める」から、大きく前進しました。今後は、新たな普及啓発組織は、国や地方自治体とも連携して活動しなければなりません。この組織は、ボランティアを活かし、患者団体、市民団体と提携しスリム化し、運営は、関係団体や企業からの寄附で賄います。
提供施設
改正法の新しいガイドライン、施行マニュアル、小児の脳死判定基準が作成されましたがギリギリの日程になっており、早急に関係機関への周知が必要です。今回のガイドラインでは、脳死と思われる場合は、家族の脳死への理解の状況を踏まえ、臓器提供の機会があることうを口頭もしくは、書面により告げることとなりました。これには罰則はありませんが、ある意味で義務化と言えます。そこで各施設は、それに沿って新たに病院全体で臓器提供に協力できる院内体制を整備し、シュミレーションも行う必要があります。それは、ネットワークや都道府県と連携して行わなければなりません。
臓器提供に協力するためには、小児救急を含めた救急医療体制の整備が必要です。また今後は、脳死判定支援チームの派遣や施設認定の見直し拡大が必要なってきます。メディカルコンサルタントや脳死判定支援チームを増やし、システム化し、ボランティアでない体制にしなければなりません。
今後の臓器提供の増加は?
平成20年度の心停止後腎臓提供の109件の内、4類型病院で脳死判定後にカニュレーションをされたのが51件あり、これらは脳死提供に移行する可能性が高いと考えられます。心停止後腎提供の51/109=46.8%が脳死臓器提供になると予測できます。つまり臓器提供が20年度と同程度としても、1年間の脳死臓器提供は13+51=64件程度になり、脳死臓器提供は、約5倍になると予想されます。
改正法では、運転免許証や保険証の裏面に意思表示欄を設けられるので、その効果も期待できます。
平成22年は、施行が半年以上を経過していることと、制度が変わった直後から増加に転じることは難しく恐らく半年くらい掛かると予測されます。
平成23年は、脳死臓器提供90例、心停止提供110例を予測しています。平成24年は、総数250例(献腎数500例)を目標にします。
今後は、臓器提供の増加に伴い腎移植希望者も3万人程度まで増加すると予想されます。平成28年には献腎千例、生体と合わせた総数三千例を目指し、腎移植希望者の10分の1の腎移植数を行なうこと目指します。
移植施設の体制整備
平成23年には、脳死移植では平均5臓器の移植があるとすると、心停止下も含める年間650例程度の移植が行われることになります。同日に2件以上の臓器提供があったり、同一施設で4件以上の移植手術が行われたりすることが予想されます。これに移植施設が対応できるのでしょうか。現移植施設の体制整備と移植施設の増加も急務です。
また臓器ごとの選択基準の見直しが必要です。例えば、腎臓では待機年数の点数比率を下げ、より地域性を高めるなどの見直しも必要です。登録者の定期的な事前検診によるチェックを必須とし(施設登録とフォローの強化)、移植施設の体制を強化し、成績向上を図ることが望ましい。これには日本移植学会や日本臨床腎移植学会が中心となって進めなければなりません。
また心臓移植では、子ども用の人口心臓がないために、殆どが1年以内で亡くなってしまいます。そのため待機期間が優先されると子どもが心臓移植を受けることは、殆ど不可能になります。そのためには、子どもの心臓は全て子どもへ移植するなど、子どもの優先基準に変更しなければなりません。また早急に臓器ごとの選択基準を決めなければなりません。
このように、改正法施行を機にわが国の臓器移植が大きく変ろうとしています。この機に多くの課題を克服し、新たな発展の礎を築かなければなりません。それには、国、自治体、ネットワーク、腎バンクなどの関連団体、医療者、患者がその責務を全うし共に協力し、その実現へ向け精一杯努力しなければなりません。
お問い合せ先:NPO日本移植者協議会
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TEL:06-6360-1180・FAX:06-6360-1126
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